
樽番の置かれた川の分水点 |
農民たちは昔から苦心して姉川から水を取り入れてきました。
しかし、日照りに苦しむ北郷里(きたごうり:北東部)の水田すべてをうるおすには足りません。そのため、しばしば水争いがおこりました。
水不足のときには、そうした水争いをさけて、少しの水でも仲良く公平に分けるために、江戸時代の初め、明暦2年(1656)に「樽番(たるばん)」の制度がつくられました。これは、明治・大正・昭和の約300年間の歴史があります。
※樽(たる)番の制度……約18リットルの樽の底に、小さな孔(あな)を開け、その樽から水が流れ出てなくなることで時間を計った。
1ぱいの水がなくなるのに約30分かかり、水2はい分約1時間ごとに、各水路が交代して水を引いた。 |