| 姉川古戦場 |
| 野村橋のたもとにある「姉川戦死者の碑」 | |
![]() 国道365号線から望む |
市内北東部、姉川にかかる今村橋から野村橋あたり一帯で、元亀元年(1570)6月28日、浅井長政・朝倉義景の連合軍と織田信長・徳川家康の連合軍がはげしい戦いをしました。 川の北に陣をしいた浅井・朝倉軍は18000、南に陣をしいた織田・徳川軍は28000であったといいます。夜明けとともに戦いが始まり、血で血を洗う激戦ののち織田方が勝利をおさめました。 このときの死者は、両軍を合わせて2500〜3000、負傷者はその3倍といわれ、川の流れが血で真っ赤に染まったと伝えられています。 また、この戦いは、織田信長の天下統一のきっけになったといわれています。 |
![]() 戦死者の慰霊碑 |
|
|
|
|
![]() 血原にある慰霊碑 |
激戦の様子は、今も残る地名からも知ることができます。 野村橋中州の所には、「血川橋」の名が伝わっています。また、浅井町三田(今村橋と野村橋の間)には「血原(ちばら)」という地名も残っています。 | 北まわりコース地図2 | |
