多田幸寺(ただこうじ)

| 南まわりコース地図1 |





参道から
 多田幸寺は、現在は臨済宗(りんざいしゅう)の小さなお寺ですが、もとは天台宗(てんだいしゅう)の大きなお寺でした。
 このお寺は、今から1000年ほど前、長徳元年(995)に、多田(源)義仲が開創し、三男の源賢法師が開山したと伝えられています。

<お寺の由来>
 お寺の由来には、こんなお話が伝わっています。
 源賢は、幼名(小さいときの呼び名)を美女丸といいました。かなり腕白(わんぱく)で、武芸の練習にははげみましたが、学問はきらいました。困った父満仲は、美女丸を摂津の国(今の大阪)中山寺にあずけました。
 しかし、美女丸の行いはかわりませんでした。
 そこで、満仲は、とうとう家来の兵庫介仲光に、美女丸の首を切るように命令しました。仲光は、主君の命令とはいえ、主君の子どもである美女丸を打ち首にすることができず、自分の子どもの幸寿丸を身代わりにしました。

 そのことを聞いた美女丸は、自分の行いを悔い、出家(僧になること)を決意、比叡山(ひえいざん:延暦寺)に入りました。そして、名を源賢と改め、修行にはげみ、学問を身につけました。

 その後、自分の身代わりとなって死んだ幸寿丸の菩提をとむらうために、多田幸寺を開きました。父の多田と幸寿丸の幸からお寺の名をつけたそうです。

山門

多田幸寺 本堂

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(最終更新日 : 1998/08/12)
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