神田(かんだ)だめ(豊島池)

| 南まわりコース地図2 |



村人を救った豊嶋作右衛門のため池

池のそばにある碑
 神田だめ(神明溜)は、およそ3ヘクタールもある潅漑用のため池です。

 豊嶋作右衛門(とよしまさくえもん)は、慶長7年(1602)に、この地に代官として派遣(はけん)されました。
 しかし、この辺りは毎年水不足で、時には死人もでるほどの水争いがくり返されてきました。

 それを見かねた作右衛門は、ため池づくりを思い立ちました。しかし、それには広い土地が必要です。作右衛門は、自分の財産を投げ出して、村人たちと力を合わせ、神田山のふもとに大きなため池を完成させました。
 この池は、60ヘクタールもの水田を豊かな水でうるおし、水不足で苦しんできた村人を救ったのです。

 しかし、池を造るために田をつぶしたため、江戸幕府のとがめをうけ、代官をやめさせられ、北国へ流されてしまいました。

 村人は、碑を建てて、作右衛門の恩(おん)を忘れないようにと誓(ちか)い合ったということです。

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(最終更新日 : 1998/08/12)
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