「多田幸寺の仁王(におう)さま」



 田村の多田幸寺(ただこうじ)は、比叡山の元三大師(げんぞうだいし)の弟子、源賢法印(げんけんほういん)の建立された古い寺です。その頃は七堂伽藍(がらん)のそろった立派な寺でした。正面には大きな門が建っていて、門の両側には恐ろしい顔をした仁王(におう)さまが、大きな目をひらいて、悪い鬼(おに)がこの門からお寺の中にはいらないよう見張っていました。

 ある年のこと、くる日もくる日も雨が降り続いて、とうとう大洪水(だいこうずい)になりました。上流からものすごいにごった水が音をたてて湖岸に流れました。人々は一簣(いっき)山にかけ登りました。山上から見ている坊さんや里人の前を、はげしい流れは民家も寺もそして仁王門も、湖の方へおし流してしまいました。あまりの恐ろしさに何事も忘れていましたが、もちろんあの仁王さまの姿も見あたりませんでした。

 それから、何年かの月日がすぎました。田村の人たちが、守山(もりやま)というところに願いをすぐにかなえてくださるお寺があると聞いてお参りに行きました。人々は寺の前まで来て、門の両側に立っている仁王さまに目をとめました。どこかで見たことのある仁王さまです。
「もしや、これは以前、多田幸寺(ただこうじ)さんに立っておられた仁王さまでは」
と苦労をして中にはいり、仁王さまの後ろにまわって見ると、「あった。あった」そこには勢いのある力強い文字でで「多田幸寺」と彫(ほ)られていたそうです。

(「長浜の伝承」長浜市教育委員会:編 参照)





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(最終更新日 : 1998/08/24)
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