後鳥羽(ごとば)神社

| 南まわりコース地図2 |



再建途上のまま現在に至る後鳥羽神社

入り口付近
 明治11年(1878)、明治天皇が全国をめぐり歩かれたときのことです。名超還寂、宮崎清平等は、名超寺(みょうちょうじ)に祀(まつ)られていた後鳥羽上皇が自ら彫られた尊像を、大津まで出かけて、天皇にご覧にいれました。

 その後、2人は、後鳥羽殿の再建を計画し、明治13年10月に、名超寺の客殿を移して神殿とし、後鳥羽神社としました。

 皇室の方々をはじめ、多数の身分のある方々から、資金や書画の寄付を受けて、再建が進んでいきました。しかし、その最大の推進者である宮崎清平が亡くなり、計画は中断し、そのまま現在にいたっています。

門扉に室町様式が見られる門
(名超寺観成院と兼ねる?)

三條実美題額の碑

後鳥羽神社 本殿

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(最終更新日 : 1998/08/16)
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