豊公園内の史跡など

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豊公園正面
(右側に城がそびえる)
 豊臣秀吉の建てた城跡ということで豊公園と名付けられ、明治42年(1909)以後、公園化がはかられてきました。

 園内には、梅、桜、つつじ、松など、種々の樹木が植えられています。特に、春には園内1000本を数える桜が咲き誇り、花見の人でにぎわいます。また、夏の花火大会や万灯流しも情緒ある催しです。

 長浜城は、歴史博物館として再建されました。しかし、かつての城の面影をしのばせるものは、湖岸の太閤井跡の石碑と、わずかに残る石垣くらいのものです。(その石垣も大正時代に積み直されたものです。)

太閤井戸の跡

本丸跡に立つ秀吉公像


悲しい伝説のある稲荷神社

 長浜城の北側、旧本丸跡に建つ稲荷神社は、築城の人柱となった漁師の娘「きく」を祀っていると言い伝えられています。
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(最終更新日 : 1998/08/21)
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