豊国(ほうこく)神社

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神社前景
 祭神は豊臣秀吉です。秀吉は、小谷城陥落(1573)の後、長浜城を築き、町並みを整え、戦で消失した神社仏閣を再興(さいこう)し、町屋敷の年貢300石を免除(めんじょ)しました。
 秀吉が亡くなった後、慶長5年(1600)8月、町民たちが、そうした秀吉をしのんで社を建立(こんりゅう)しました。

 江戸時代には、秀吉を神格化(神様としてあつかうこと)を禁じられ、神社は取りこわされました。
 しかし、ご神霊は、町役人の自宅にひそかに祀(まつ)られ続けました。

 寛政5年(1793)に、商家の神である恵比須宮(えびすぐう)建立の願いを彦根藩に申し出ました。それが認められると、表向きは恵比須宮でしたが、奥に秀吉の神霊を祀りました。

 明治維新後、豊(みのり)神社として新たに再建され、大正の初めに現在地に移され、大正9年(1920)に豊国神社の名称にもどりました。

 社宝として秀吉の消息文(手紙)があります。

本殿
むかし話(えびすになった太閤)へ

太閤さんの虎石
(城の庭石と伝えられる)
むかし話(太閤さんの虎石)へ


町名の由来を記す歌碑

竹中半兵衛の歌碑
 竹中半兵衛歌碑
長浜開町400年記念(S48)

「君が代もわが代も共に長浜の真砂(まさご)のかずのつきやらぬまで」
(「豊鏡」 竹中重門より)



この碑は、神社から長浜駅への歩道沿いに建っています。

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(最終更新日 : 1998/08/21)
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