「横超院と加賀の千代」



 大通寺本堂前の紅梅(こうばい)は、おおかた散りつくしていました。前庭(ぜんてい)に群れていた鳩(はと)が何に驚(おどろ)いたのか、一斉(いっせい)に飛びたって山門(さんもん)の屋根に羽を休めました。

 その時、山門をくぐって本堂にお参りする一人の婦人がありました。旅疲(たびづか)れをした面(おも)もちで、着物もほこりに汚(よご)れているように見えました。本尊(ほんぞん)をうやうやしく礼拝(れいはい)して、さて引返すかと見えましたが、やがて台所(だいどころ)の広い土間に立って案内(あんない)をこいました。小僧(こぞう)さんは、うす汚(ぎたな)い女がはいってきたと、うさんくさい眼差(まなざ)しで迎(むか)えましたが、

「ご連枝(れんし)さまに、ご面会(めんかい)(もう)したい」
「あなたは、どなたですか」
「加賀(かが)の千代(ちよ)が、お目通り願いたいと、申しあげてくださいませ」

 小僧さんは、もじもじしながら、奥(おく)まった桜の間へ来客(らいきゃく)のことをを申し上げました。

「おお、千代女(ちよじょ)がまいられたか、早速(さっそく)これへお通し申せ。おお、含山(がんざん)の間(ま)がよかろう。ていねいに案内せいよ」

 まるで待ち受けていたように言われたので、驚きながらも今度は愛想(あいそう)よく含山軒(がんざんけん)へ案内しました。

 すぐに茶や菓子(かし)が運ばれました。含山軒の庭は、ようやく若葉の色がきざして、初夏(しょか)を思わせる眺(なが)めでした。前景(ぜんけい)の枯山水(かれさんすい)の庭を通して、借景(しゃっけい)の伊吹山が眺められました。待つほどもなく、ご連枝(れんし)横超院(おうちょういん)様が入ってこられました。千代女は座(ざ)を下って、畳(たたみ)に頭をつけんばかりにかしこまりました。

「ようこそ、おいでなされました。さあさあ、そんなに固(かた)くなられては、話もしにくいから」
「突然(とつぜん)お伺(うかが)いいたしましたところ、早速(さっそく)お目通り下さいましてありがとうございます。何とぞお見知りおきくださいますよう」

 横超院は早速一句を詠(えい)じました。俳諧(はいかい)の道ともなれば急に心もくつろいで、さすがに千代女、すぐに付句(つけく)を申しあげました。

 この二つの句は、本堂と大広間の間の渡り廊下(ろうか)の前に立っている碑(ひ)に刻(きざ)まれています。

(「長浜の伝承」長浜市教育委員会:編 参照)


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(最終更新日 : 1998/08/27)
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