「たぬきの恩返し」



 むかし、郷里(ごうり)の庄(しょう)、堀部(ほりべ)の山のふもとの寺に、源哲(げんてつ)さんという変わり者のおじさんが、居候(いそうろう)をしていました。人と話をするのがきらいで、いつもぶすっとしていて、人から話しかけられても「ううん」とか「いやあ」とか言うだけだったので、人々はみな、この人を小馬鹿にしていました。

 源哲さんは、することも変わっていました。晴れた夜には、欠かさず屋根のてっぺんに登り、空の星や月の動きを調べて、帳面(ちょうめん)に書きつけていました。そして、この世は円いとか、ちょっとへしゃげた手まりの形だなどと言い出しました。人々は、空ばかり見ていて気がのぼってしまったのだと、気ちがいあつかいにしていました。

 ところで、源哲さんはたいへんな子ども好きで、暇(ひま)さえあれば、いつも子どもたちを集めて、字を書くことや、そろばんを教えたりしていました。はじめは、村の子どもたちだけだったのに、他の村からも習いに来るようになり、みんな大喜びで、そろばんなどは夜まで習いに来るようになりました。この様子を見ていた横山のたぬきたちは、人間の喜ぶことならわしらも習おうかと、たぬきの大将の子やかしこい子たぬき四、五匹が、人間に化けて源哲さんの所へ習いに来ました。たぬきの中でもかしこいのが来ていて、人間の子どもの方が負けるくらいよくけいこしました。この話を聞いた七尾山のたぬきたちも、負けてはいられないと、選りぬきの子だぬきを習いによこしましたので、たがいに競争(きょうそう)して、みんなたいへんかしこくなりました。

 かしこくなった山のたぬきたちは、先生に、何かお礼をすることはないかと相談しました。源哲さんはたいへんな酒好きで、夜にみんなが帰ってから、お酒を飲むことを何よりの楽しみにしていました。「先生は、雨の降る日に、酒を買いに行くのは困る、と言っておいでじゃで、酒を買っていってあげよう。」

 雨の降る日になると、夕ぐれ、人間に化(ば)けて、垣籠(かいごめ)の酒屋(さかや)まで酒を買いに行き、先生の所へ持って行きました。はじめのうちはわかりませんでしたが、度重なるうちに、店でも変だなあと気づくようになりました。後をつけて行った主人が、寺の台所へはいる所でしっぽを見つけたことから、たぬきの仕業(しわざ)とわかってしまいました。

 その後、たぬきたちは習いに来なくなりましたが、だれからともなく、村にこんな唄がはやったそうです。

雨のしょぼしょぼ降る晩に、
豆だがとっくり持って酒買いに、
源哲さんに飲まそと酒買いに。

 中曽根源哲は、実在(じつざい)の人と思います。現に源哲屋敷と呼ばれる屋敷跡(あと)が、堀部町に残っています。
(「長浜のむかし話」 長浜市老人クラブ連合会:刊 1977/02 参照)





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(最終更新日 : 1998/01/31)
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