<新航路の発見>
ヨーロッパでは、15世紀末にスペインやポルトガルは統一国家を建設しました。これらの国々は、交易による豊かな富を求めて、アジアに進出しようとしました。当時は、中国の絹織物(きぬおりもの)やモルッカ諸島産の香辛料(こうしんりょう)が、珍重(ちんちょう)されていたからです。
しかし、当時の地中海は、イタリア商人が支配しており、またその東には、イスラム教国が力を持っていました。そして、彼らに高い通行税や関税(かんぜい)を払わないとアジアへは行けませんでした。
そこで、地中海を通らずに直接アジアに行く航路が求められるようになりました。有名なコロンブスの航海(1492〜93)も、実はインドをめざして大西洋を西に進んだのです。
| 年 | 探検家 | 地理上の発見 |
| 1492 | コロンブス | アメリカ大陸発見 |
| 1498 | バスコ・ダ・ガマ | 喜望峰経由のインド航路発見 |
| 1497 | セバスチャン・カボット | 北アメリカ探検 |
| 1499 | アメリゴ・ヴィスプッチ | 南アメリカ探検 |
| 1513 | バルボア | パナマ地峡横断 |
| 1519 | マゼラン | 世界一周に出発 |
こうした探検家たちにより、新航路が発見されていきました。
その後、ヨーロッパの人々は、商人による貿易だけでなく、植民者による新しい土地、教会による新しい信者など、あらゆるものを求めて海外へと出かけるようになっていったのです。



This page was last updated on 1998/10/10.
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