観音寺(かんのんじ)

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石田三成 水くみの井戸

水くみの井戸の案内板
三成、三献の湯

 三成が秀吉に見出されるきっかけについて『武将感状記(ぶしょうかんじょうき)』に、伝えられています。


 三成は、小さいころ佐吉といい、ある寺で修行(勉強)をしていました。
 ある日のこと、この近くへ鷹(たか)狩りに来ていた秀吉は、喉(のど)がかわいたので、この寺に来て「お茶をいただけないか」と頼みました。
 修行の合間にお寺の用事をしていた佐吉は大きい茶わんに、ぬるくたてた茶を7、8分目入れて差し出しました。ごくごくとのどを鳴らして飲みほした秀吉は、お茶をもう一服頼みました。佐吉は、茶わんに半分足らずの茶を前より少し熱くして出しました。秀吉はこれを飲んで、さらにもう一服、お茶を頼みました。すると、佐吉は、今度は小さい茶わんに熱い茶を少し入れて出しました。秀吉は佐吉の気ばたらきに感心し、お寺の住職に申し出て、佐吉を家来としてゆずり受けました。


 三成があずけられていた寺については、この山東町朝日の観音寺という説と、伊香郡古橋の法華寺という説とがあります。
 秀吉が長浜城にいたところから地理的にみて、この寺は観音寺ではないかと考えられています。
 写真のように、観音寺の東のしげみの中に小さな池(井戸)のあとがあり、三成が献茶のとき水をくんだ池といわれています。
 一方、法華寺には三成の母の墓が現存するほどで、石田家と関係が深く、秀吉が信仰していたことを記す文書もあります。
 いずれにしろ、現在のところ、決め手にはなっていません。

水くみの井戸

長浜駅前にある
「出逢いの像」

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(最終更新日 : 1998/08/19)
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