三成公の略歴

年齢
月日出     来     事
1560年(永禄3年)1歳
石田正継の三男として、石田村に生まれた。小さいときの名は、佐吉といった。
1574年(天正2年)15歳
長浜城主になった羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に、近習(側に使える侍)として仕えることになった。
1583年(天正10年)24歳3月23日 秀吉が柴田勝家と闘った賤ヶ岳の戦で称名寺(東浅井郡浅井町尊勝寺)へ手紙を送り、敵の様子を調べさせたり、越後(新潟県)の上杉景勝に、越前攻めの応援をするように手紙を出したりして、戦功(戦での手柄)をたてた。
その後、水口城主(4万石)になる。このとき初めて城を持った。
1584年(天正18年)25歳
水口(滋賀県)の検地(土地の広さや良い田か悪い田かを調べ年貢の取り立てを決めること)をした。





























































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