長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」



戦いの地ー姉川ー

担当者中村



姉川・・・岐阜県境の新穂山に源を発し、草野川、高時川と合流し、琵琶湖にそそぐ , 県下 最大の一級河川である。


この姉川の中流域、草野川との合流点より少し上流、浅井町と長浜市の境界である野村橋付近一帯が姉川古戦場である。

今から約450年ほど前、このちでまさに血で血を洗う激戦が交えられた。そして今・・・。

1570(元亀元)年6月28日、約3万4千人の織田、徳川連合軍と約2万人の浅井、朝倉連合軍がこの姉川の地で激戦を交えた。
このときのさまを勝利を収めた、織田信長は、細川藤孝にあてた手紙で

「野も田島も死骸ばかりに候、誠に天下のため大慶これに過ぎず候、小谷の城・・・畢意落居ほどあるべきからず候、両国(近江・越前)ともに武篇の一儀を以て物の数にあらず候。」

と書いている。

たくさんの戦死者、負傷者が出たと伝えられ、土も草もそして何より姉川の清流でさえも真っ赤な血で染まったと想像されます。

血原、血川橋などと言う地名が残っていることから、この激戦ぶりをしのばせています。


野村橋北端付近に「姉川戦死者の碑」(血川塚)と「元亀庚午古戦場」の石柱があり、三田には、「姉川古戦場あと」の碑(血原塚)がある。
地元では戦死者の供養のため、6月28日碑前祭を行なっているそうです。


*参考資料



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