長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」



横山城って何?

担当者佐野



横山城って何?

1、石田三成の出生地のある石田の集落から、背後の横山をトンネルで越える県道が通じている。そのトンネルの手前に横山城跡への登り口がある今は、横山ピクニック道が、開かれている。

2、横山の北部山中に築かれた山城で、京極氏の支城として浅井氏が築構。広義には姉川の合戦時に織田信長が布陣した横山北端の龍ヶ鼻砦を含めて称した。       

3、元亀元年(1570)6月24日信長は小谷城(現東浅井郡湖北朝)と当城を分断すべく龍ヶ鼻砦に陣し、尾根筋と観音寺口・石田口の三方から当城を攻め落した(信長公記)。「原本信長記」は上坂・三田村・野村肥後、「甫庵信長記」には大野木土佐守・三田村左衛門尉・野村肥後守・同兵庫頭を当城の守将と伝える。

4、現在、遺構は北陵に3ヵ所、南西陵に8ヵ所、南東陵に10ヵ所以上の曲輪群が確認されている。当城へは観音寺口と石田口のほかに、かいごめ町と山東町村居田を結ぶ峠越えから尾根づたいの道があり、この分岐点から北へ向かうと龍ヵ鼻砦にでる。同砦は信長が陣所として急造したもので、当城の出砦を補修したものとも考えられる。





このホームページの資料は、「滋賀県の地名」と言う本から、おかりしました。
写真は、「ふるさとながはま」のホームページから転載させていただきました。


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