長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」
大通寺
の
建立
と
門前町
担当者
坂井
門前町について
多くの人々が参詣に集まって来ると、門前の御堂前を中心に長浜の町は、いろんな人々にぎわいながら、発展しました。
元禄八年のある金寄進帳によると、大通寺門前の、東御堂前・西御堂前 などの町には、二百六十人ほどが住んでいました。
その人々の仕事は、餅屋・小間物屋・あめ屋になっています。
とくに、長浜町の餅屋の全部と、あめ屋のほとんど、小間物屋の半分は、ここに集中していました。
大通寺に参詣するおおくの人々によって、これらの町は、門前町として 発展してきたといえるのではにでしょうか。
大通寺の建立
御堂前の商店街を通りぬけると、とても大きな大通寺の山門が、そびえ建っています。
とても広い境内にずっしりとした重みのある大通寺に、見に来る人が多いです。
そして、東本願寺の別院で、「御坊さん」と呼ばれている。御坊さんは、人々の生活にとても、とても深く結びついているのが・・・そうみんなに愛されてきた大通寺です。
教如上人を深く慕う湖北の真宗門徒は、毎月十四日に、上人の御文を読む「十四日こう」をつとめてきました。「十四日こう」に人々が、集まってくる所は、初めは長浜城内にあり、長浜御堂と呼ばれていました。この御堂が現在の場所に移されて、大通寺となったわけです。
大通寺は四十年余りをかけて造りあげられ江戸時代を通して発展し続け、今では長浜中いや、この日本中に、知れ渡っている。
このホームページを見ていてくれるなら、またこの長浜に遊びにきてください。
あとこの大通寺にも来て下さい。
自分のまとめ
僕は、この長浜の大通寺のことを調べていて気がついた事は、大通寺が一度燃やされていること、門前町の発展の仕方、大通寺の行事など。
調べていると、色々なことがわかりとてもこのぼくが作っているホームページの役に立ったし、自分の住んでいる長浜のことが、前以上にとてもわかった。
これは大通寺の許可を得ています。
参考資料 「読本 長浜の歴史」
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