長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」



豊国神社Historyダイナマイト

担当者森田



豊公園内の秀吉像(わしじゃ!)
おう!わしは秀吉じゃ!今日はわしが豊国神社を案内してあげよう。

じつは、わしは長浜の町民にとても慕われていたのじゃ。じゃが、わしは慶長三年(1598年)に死んでしまった。その二年後、長浜の町民はわしをまつるために豊国神社を建ててくれたのじゃ。それが、この豊国神社の始まりじゃ。

しかしのう、わしが死んでしまった後、あのタヌキ(徳川 家康)が天下を統一しおったら、豊国神社でわしをまつれなくしおったんじゃ。それでも、長浜の町民は夷神社(えびすじんじゃ)と名前を変えてまでわしをまつってくれおった。さらに、同じ長浜にある知善院でもひそかにわしの木像をまつって、命日にお経をあげ続けてくれたのじゃ。まったく、ありがたいことじゃ。

そして、タヌキの一族の時代が終って、弘化三年(1846年)になると、わしの一族の一字をとって「豊神社」と書いて『みのりじんじゃ』と呼ばれるようになったのじゃ。

それで、明治維新が過ぎてようやく、大正九年(1920年)に晴れて、豊国神社という名前に戻って今の場所に落ち着いたのじゃ。これで、豊国神社の歴史の説明は終わりじゃ。わかっていただけたかな?

それでは、ここからは豊国神社の見どころを紹介してあげよう。



豊国神社・本社
本社は、江戸時代の中ごろに建てられた物なのじゃ。なかなかいい建物じゃぞ。ぜひ見てほしいのう。

本社のとなりにある出世稲荷神社は、八十枠の格天井には、京都の絵師 徳力富吉郎画伯がかいた四季の花鳥の図があって、とてもきれいなのじゃ。見ものじゃぞ。

虎石周りの庭には、わしのシンボルのひょうたんの形をしたひょうたん池や、「霊石虎石」と呼ばれる虎石や、わしの大事な部下の加藤清正の銅像、また長浜城を建てた経緯と長浜の将来を祝った重門直筆の句が書かれた「長浜開町句碑」、そして、福万年亀(ふくまねき)という出世・金運・縁談などの幸運招来の精霊石(まあ、ありがたい石だということじゃな。)があるのじゃ。なかなかきれいなものじゃぞ。



とまあ、わしをまつった豊国神社じゃが、とても古い歴史をもつとてもいい所じゃ。一度訪れてみてはどうかの。



 神社前景

長浜駅から出てコンビニの角を左に曲がって50メートル歩いた所にあります。ぜひきてくださいね。






(このページの写真は廣部先生のホームぺ−ジ(ふるさとながはま)から使わせていただいています。)
参考資料 豊国神社のパンフレット


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