長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」




担当者中井



その一、 川崎遺跡って何ですか?
 そこでぼーっと「カワサキイセキ?」なんて言っているそこの君。知らないと恥ずかしいよ。そんな君のために説明しよう。この遺跡は大井川の周り(川崎町周辺)に広がっている。縄文時代中期からあった様で縄文土器や弥生土器、木器、石器類がたくさん発見されている。その中でも弥生土器については超有名。また炭になった米のからが発見された。つまりここで稲作が行なわれていたのだ。実はこの川崎遺跡は滋賀県で最初に稲作が行なわれていたのである。とにかく、「長浜の遺跡と言えば川崎遺跡」と言えるほど(?)超有名な遺跡なのであーる!!
長浜市教育委員会資料室から許可をいただきました

その二、米づくり一番!!
 一言で米づくりと言っても今も昔も同じと言うわけではない。まずは土地。今は技術が進歩して米づくりが可能な耕地がたくさんある。しかし昔はその耕地は自然の地形を利用していたためそんなに広くはなかった。また栽培方法も今とは違って種をまくだけの”直(じか)まき”だった。今に比べれば決して効率がいいとは言えなかった。  
 そんな米をつくる技術があったのならもちろんそれらを調理する技術ももちろんあった。その道具の一つが土器である。土器は米などを保管するために使われていた。そして今のおなべだったのであーる!!

その三、 弥生土器をなめんなよ!!
 その二の最後で「へー、おなべー。」としか思わなかった君ー!!あまーい。あますぎーる!!君は土器が作れるのかい?ふっふっふ。作れるわけないのであーる!紙ねんどでも土器はできる。(実験済み)しかーし、その中に米などを入れて煮たり炊いたりするとわれてしまう。煮たり炊いたりしてもわれない土器を作るのはかなり難しい。そんな土器を二千年も昔の人々は作っていた。この技術はなめてはいけない。そのすばらしい技術を身につけよう!そして君も弥生人になってみよう!!

その四、 滋賀県の中心!!
 川崎遺跡で最初に米づくりが始まってからしばらくするとその技術は周りの村にも伝わった。そして川崎遺跡を中心として各地で独自の発展をなしとげていった。川崎遺跡なしでは今の長浜市はなかったかもしれない。

編集後記
 たいした説明ではなかったけどわかってもらえました?二千年も昔のことはわからない。だけどそれを見つけるのは楽しい。君も川嵜遺跡通になって弥生通になって仲間を増やそう!!


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