長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」
| 日本最古の駅・旧駅舎 |
| 担当者 | Y,T |
東海道線がまだ建設されていない明治15年、長浜 〜敦賀間に陸蒸機関が走りました。長浜は維新政府が国運を賭けた鉄道の町でした。当時の新橋駅をお手本にして作られたのがこの駅舎だそうです。
トンネルの入口をかざる
旧北陸本線の柳ヶ瀬トンネル東口(滋賀県伊香郡余呉町)にかかげてあった石額で、伊藤博文が題字を書いています。
万世永く頼むと読み、この鉄道が世の中のために働いてくれることをいつまでも長く頼りにする、という意味です。
当時の駅員の姿
当時の駅員は21人で、はおりはかまや、はっぴに股引という
いでたちでした。駅長だけが洋服に短剣をつっていたそうです。
3鉄道開通当時のにぎわい
この駅の完成によって、物資の集散地としての役割がさらに強まり、長浜の商工業の発展のきっかけとなったのです。旅人宿38軒、運送店15軒、飛脚業4軒が船町一帯に建ち並び、人力車72台が往来していたことからも、そのにぎわいぶりが目に浮かんできます。 また、米川下流を中心に、滋賀県各地の品物が船で運ばれてきたり、湖北の産物(米など)が運びだされたりするなど、廻船問屋街(かいせんどんやがい)になっていたことも、にぎわいの一因になっていたのです。
このように、この駅舎が完成したことにより町中に大きな変化を与えてきたのです。
(鉄道資料館の資料参考)