長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」
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大通寺 の あ れ こ れ |
| 担当者 | 前川 |
大通寺の建立大通寺・・・。 広々とした境内、どっしりした重みのある建物東本願寺の別院で「御坊さん」と呼ばれ、湖北の人々に親しまれてきたお寺です。 はじめ長浜城内にあり、長浜御堂と呼ばれていました。この御堂が、一六〇六年、現在の場所に移されて、大通寺となりました。 大通寺は四十年余りをかけて造りあげられ江戸時代をとうして発展しつずけました。そんな大通寺は長浜御堂と呼ばれた昔から、長い間湖北の人々の信仰の中心でした。 |
境内・山門・本堂 境内はおよそ七千坪で壮大なケヤキ造りの山門は、文化年間の大工宮部太兵衛らに建てさせたといわれています。また、本堂は東本願寺の御影堂をうつしたもので、もとは伏見城にありました。真宗大谷派の長浜別院で、本堂や大広間は旧桃山城の遺構といい、阿弥陀如来をまつるところから、阿弥陀堂とも呼ばれています。一八〇八年に、起工され三二年間かけてようやく完成した堂々たる二層門です。 |
文化財![]() 大通寺は長浜の代表的な建物です。 桃山建築の構造を示す本堂、広間附玄関客室(含山軒(がんざんけん)・蘭亭)ともに重要文化財に指定されています。 多くの珍しい書画・刀剣・屏風などがあり、桃山・江戸時代の文化財を伝える寺といえます。 お花さん 湖北地方に古くから伝わる昔話の中に、大通寺にまつわる話があります。 お花さんとはお花狐のことで、大通寺の大広間の天井に住んでいると言われています大通寺で、親鸞上人(しんらんしょうにん)六百五十回忌が行われたとき、ある呉服店で手拭(てぬぐい)十本分が買物帖に付けてありましたが、誰が買ったのかわかりません。ちょうど結願(けつがん)の日、行列の後尾に手拭をかぶった女姿の人が十人ばかり加わっているのを呉服屋の番頭が見たと言いました。これは、「お花さん」が狐の一族を連れて、お練りに加わったのだろうと言いふらされました。本願寺の彰如上人(しょうにょしょうにん)の句に「降りもせで お花狐や 春の宵」と言うのがありますが、これはこの時の句であると言われています。 最後に・・・。 写真は広部先生のホームページから転載させていただきました。(上から本堂、山門、境内の写真です。) 長浜市立教育研究所編・読本 長浜の歴史を参考にさせて頂きました。 ありがとうございました。 |