長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」
北国街道の歴史
滋賀県は昔から、政治や文化の中心であった京都に近く、京都と北陸、東日本を結ぶ通り道として大切な役割をしてきました。私達の湖北地方にも大きな3つの街道が通っていました。そのひとつが 北国街道です。
北国街道ははじめ琵琶湖の西側を通っていましたがその後
東日本と結ぶ必要があったために北陸へでるようになりました。

黒壁ガラス館
黒壁ガラス館 かつて武将や商人達が往来した北国街道。
古くから、まちの中心であるその一角に明治33年第百三十銀行長浜支店が建造されました。
そして、明治39年に明治銀行となりました。和洋折ちゅうの黒塗の壁からいつのまにか「黒壁銀行」と呼ばれ、永く市民に親しまれてきました。
そして南蛮の産業を積極的に取り入れる進取の気性を受け継いできたこの地に北国街道の歴史を融合させるためにこの一角を「黒壁ガラス」としました。
武者隠れ道
このあたりの各戸の屋敷の境界が不規則に出たり入ったりしています。
戦いのときにその不規則に並んだ屋敷と屋敷の間に身を隠したと伝えられていることから「武者隠れ道」と呼ばれていると伝えられています。
長浜御坊表参道
一歩足をふみ入れると、昔ならでわの雰囲気がただよってきます。大通寺に住み着いていたという「お花ぎつね」がモニュメントや橋のデザイン、土産物のグッズなどあちらこちらに登場し、道ゆく人々を楽しませてくれます。
長浜御坊大通寺
彫刻がみごとな山門、含山軒(がんざんけん)や蘭亭(らんてい)の美しい庭園など見所の多い場所です。襖絵(ふすまえ)の狩野山楽や山雪、円山応挙らの貴重な作品を見ることができます。市民からは「ごぼうさん」と親しまれ、境内(けいだい)では子ども達のにぎやかな声が聞こえてきます。
参考資料・・・黒壁ガラススクエアー・長浜観光情報センター
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