長浜市立北中学校 国語科 3年生 表現「パンフレットを作ろう」



馬井の底樋の歴史と仕組み

担当者伊吹


「底樋」の紹介
  今も尚、姉川の下流の今町に見られる底樋。
  現在の底樋は、昭和42年に作られたものです。 


底樋の水門

底樋の用水路

底樋の碑

「底樋」の誕生
 江戸時代初期。今村(今町)では、安定した水を得ようと馬ゆの底樋が作られました。
 しかし、元禄元年(1688)の洪水で流されてしまいました。そこで、庄屋孫助、惣右衛門たちが、彦根藩に改修工事を願い出ました。奉行の大根田猪右衛門は、幕府に許しを受け底樋78間(約140メートル)をあらたにつくりました。


「底樋」のその後
 底樋は、その後も改修が繰り返されました。代表的なものに、文政元年(1818)に奉行の佐藤隼人が、庄屋七五郎らの願いを入れて35間(約60メートル)の底樋を延長したことがあります。
 それに、明治37年にも、当時のお金で約3万7千円をかけて改修されました。


「底樋」の祭り
 数百年の伝統をもつ底樋祭り。
 底樋祭りは、現在も毎年行なわれています。そして、底樋と2人の奉行(大根田猪右衛門と佐藤隼人)の功績に対する人々の感謝の気持ちがこめられています。

「底樋」の仕組み
 底樋の仕組みは以下の通りです。
 最初に、川原に溝を掘ります。次に、その中に丸太を組み合せます。最後に、周りに石を積み重ねて埋めます。
 すると、この石や丸太のすき間をつたって水が流れ出ます。

「底樋の碑」の写真は廣部豪男様のWedページ「ふるさとながはま」よりお借りしました。



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