方言のページにいただいた質問にお答えして



To : 悩める医学部6年生 Hさん

(以下のメールは、「ふるさと ながはま」宛にではなく、「Be〜やんのWebの仕事部屋」宛に寄せられたものへの返信です。)


(1998/07/22)
> ホームページ拝見させていただきました。
> 私はHと申します。現在、医学部の学生(6年生)です。
> 丁寧語の使い方のことで、弟と論争になってしまいました。
> ここまできたら、国語の先生に教えて頂くしか有りません。
> そう思って、国語の先生のホームページをサーチし、先生のホームページに
> たどり着きました。
> つぎの丁寧語の使い方は誤りでしょうか。
> ご指導いただけましたら幸いです。
> ご多忙な中突然のメールで申し訳ございませんが、よろしくおねがいします。

 「丁寧語」についてのご質問をいただきましたが、残念ながら私は国語学の専門家ではありませんので、一般的なことしかお答えできないことをお許しください。また、敬語の専門書も手元には持ち合わせていませんので、図書館等でお尋ねください。

 さて、敬語は、学者の間でも、その歴史的変遷の捉え方や、敬語の共通語と方言との問題など、いずれにしても研究対象になっていると思います。また、敬語の大まかな分類は、定説になっていますが、細部になると各論があります。お尋ねの「丁寧語」に関しても、「丁寧語」という捉え方をする学者もあれば、「丁寧語」と「美化語」に分類する学者もいます。

 まあ、それはそうとして、以下、とりあえず「敬語」の一般的概要(失礼ながら中学生に説明するレベル)を記します。

1.「尊敬語」……話の相手や、話題の中の人物を、直接高める言い方。丁寧語と組み合わせて用いることがある。(敬称も含める。)


2.「謙譲語」……自分や自分に関係あるものを低めて(へりくだって)、間接的に相手を高める言い方。丁寧語と組み合わせて用いることがある。


3.「丁寧語」……話の相手に敬意を表して、普通より丁寧な表現を用いる言い方。


4.「美化語」……接頭語の「お」や「ご」をつけて、自分の言葉を上品にする。


 概要は、上記のようですが、その他「敬語動詞」や敬意を表す「助動詞」なども考慮に入れる必要があります。

さて、いただいた課題ですが、私の感覚ですと以下のようになります。

 1.医者と患者の会話

 
 2.ホテルのフロントと客の会話


 3.ホテルのフロントと客の会話


いやはや、夏休みの宿題(笑!)にしては、なかなかの難問です。
お問い合わせの件は、基本的に助動詞「ます(丁寧)」の働きの判断が必要でしょうね。

ご兄弟の参考になりましたでしょうか。

では。



(1998/07/25)
> こんなに早くお返事をいただきまして、有り難うございました。
> 豊富な例示と丁寧な説明に、大変感激いたしました。
> メールを読んでみて、自らの疑問が、思っていたよりもずっと難問であったこ
> とに気がつきました。

> 振り返ってみると、考えなければならないいくつかの点があるように感じまし
> た。
> 1.「割引券がございます」という言い方自体が、丁寧語の使い方としてまち
> がっているか?
> ということを、まず挙げてみたいと思います。
> これに関しては兄弟共々、間違ってはいないということで同意できているよう
> です。

 この問題を、もう少し掘り下げてみましょう。

 「ございます」の由来を調べると、動詞「御座る」です。これは、「ある」「ゐる」の尊敬語として用いられてきました。また、補助動詞としても用いられることがあり、その場合は、丁寧語として用いられてきました。
 この辺りに混乱の原因があるのではないでしょうか。

 「割引券がございます。」の「ございます」は、明らかに存在を表す動詞「ある」の尊敬語です。これは、補助動詞ではありません。ということは、丁寧語ではないということです。

 では、ここで、補助動詞「ある」の用例をあげてみましょう。

 これらだと、

となり、丁寧語として不自然さはないように思います。

 このように文法に即して確認してくると、私のあげた事例の中でご指摘の「ちょっと込み入った事情がございます。」は、尊敬語に分類しなくてはなりませんでしたね。
 ※先生だって間違える……これ常識!?……(^_^;)

> 2.「聞き慣れない表現」は「使わない方がよい」ということをどうやら弟は
> 言いたいようです。
>  でも、「聞き慣れない」のは、弟の「経験不足」ではないのでしょうか?
>  それとも私が特殊な状況=病院(実習)で、特殊な会話に慣れてしまって、
>  特殊な表現に慣れてしまった為なのでしょうか?
> 3.2.ともだぶる部分がありますが、「敬意を払いすぎる」あるいは「丁寧
> すぎる」のは誤りでしょうか?
>   誤りとはいわないまでも、不自然でしょうか?
>   不自然ならば、やめた方が良いでしょうか?

 文法と言っても、言葉というものは、変化するものです。
 例えば、例の「ら」抜き言葉です。「食べれる」「見れる」など、私にはどうも耳障りで慣れないのですが、現在広く使われるようになってきました。正規表現上は、「食べられる」「見られる」なのですが……。

 つまり、言葉というものは、時代や社会の変化と共にあるということです。私たちは、時代劇の世界にいるわけではありません。
 また、会話というものは、当然、その当事者間の相手に対する心理を反映しますから、「場(状況)」によって異なる使われ方をするのではないでしょうか。

> 「(実習に協力して下さる)患者さんには失礼のない様、敬意をもって接する
> こと。言葉遣いや服装・態度にも十分注意すること。」
> 医学部の実習で常に注意されることです。
> そんなわけで、今では問診(の実習)でも、痛いところは「ございませんか」
> と無意識のうちに言うようになりました。
> 患者さんの方でも、丁寧な言葉遣いをして下さる方がいらっしゃいます。
> すると「はい。他にはとくにございません」と返してくださいます。

 これこそ、その「場」の問題ではないでしょうか。医師として患者に向かっていらっしゃる姿勢から「痛いところはございませんか」という尊敬語が発せられているのでしょう。
 また、患者にしても自分を治してくださる医師に対して尊敬の念を持って「はい。他にはとくにございません。」と応じているものと考えられます。

> つい、そんな「いつものくせ」が出てしまって、ホテルに電話していた私は
> 「割引券がございますが」と言いました。何の「不自然さ」も感じることな
> く。
> 丁寧すぎるでしょうか?
> 「ございます」をつかうシチュエーションとしては誤りでしょうか?
> 誤りとは言わないまでも不自然でしょうか?

 この場合は、どうでしょうか。この「場」は、ホテルマンは、当然客としての貴兄に敬意を持って接しています。貴兄は、ホテルマンに対していかほどの敬意を払う必要があるのでしょうか。勿論、電話口でです。

 「割引券があります」で、十分に丁寧なのです。助動詞「ます」は丁寧な気持を表す語です。
また、「ございます」ですと、尊敬語になります。

> 「忘れ物はございませんか?」
> 「はい、ございません。」
> 私たち学生にも、「ございません」と返して下さるような方では、
> このくらい「丁寧な」表現を使いそうな気がします。

 もう、お分かりと思いますが、この「はい、ございません。」の用い方は、尊敬です。
「はい、ありません。」ですと丁寧の意味になります。丁寧で十分ではないでしょうか。

 とりあえず、一旦「ない」について整理してみましょう。


> 自分でも、医学図書館にばかり通わないで、町の図書館にも行ってみようと思っ
> ています。

 私も、お分かりのように文系の出身ですが、専門外の情報教育の担当をすることになりました。まあ、この勉強は、私にとって大変です。しかし、専門外というところが、これまた面白いのです。

 森鴎外は、大変な医学者(陸軍軍医総監でしたか?)ですが、ご承知のように大文豪です。この、面白さでは片づけられないスケールの大きさが、たまらない魅力です。
 貴兄は、医学を志しておられるほどですから、頭脳明晰、優秀な方とお察しいたします。ぜひ、これを機に、日本語の世界の面白さに親しんでいただければと思います。

> ホームページも一通り見させていただきました。
> 明るさ、楽しさ、元気の良さが伝わってくるような、素敵なホームページだ
> と思います。
> ますますの発展をお祈りしています。
> また、訪問してみようと思っています。

ありがとうございます。



これをご覧いただいた国語学ご専門の方へ
私の判断に誤りがありましたら、お知らせいただければ幸いです。

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(最終更新日 : 1998/07/25)
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